2010/06/29
イイものはやっぱりイイよな | おかやまJAZZフェスティバル
四角があったり丸があったり三角錐があったりと… 地球上には色々なカタチがある。
音楽にもそれは云え、ジャンルとして区分けするとフォークだのクラシックだのロックだのジャズだのというコトになって、そこから先、さらに分派が発生していって、ロックで云えば、グラムだのプログレッシブだのヘビーメタルだのと血脈が別れていって、それはそれでま〜… 面白いんだけど、地球を離れて宇宙空間から見下ろすと、プログレもヘビメタもクラシカルでエレガンスなのも皆な、音楽という2つの漢字なものなのだった。
ボクは70年代に青春を謳歌した時代の人ゆえ、その頃の音楽シーンの先端を駈けていたフォークに侵食され、カタチもコトバもしっかりと感化され影響を受けて、その時代にすっかり馴染んでいたのだけれども、それが80年代の半ば頃には、ブリテイッシュ系なロックの光輝を浴びて、デヴィッド・ボウイやT-レックスやロキシーミュージックといった方々のサウンドやカタチに夢中になって、ほんの数年前まではしっかりと浸透させていたハズのフォークを、
「え? 俺はそんなん聴いちゃいないよ。あんなジメジメした陽もあたらない四畳半の音なんかヤッてられね〜よ」
と大きな顔してのたまわったりもしたもんだ。
でも。
でもだ…。
それから歳月が流れ、月が満ちと欠けを繰り返している合間に年齢を増していって… 20世紀から21世紀になって早や10年が過ぎちゃった。
70年代から早くも40年以上が過ぎたワケで… その経年の合間で、変らないものと変ったもの、あるいは、もはや時代に埋没して風化してしまった諸々があるんだな〜、とちょっと気がついて、感心したり感慨にふけったりするのだった。
40年オーバーの時を越えて、自分の中に残ったもの、残らなかったもの。残っているが片隅にあるもの。数度聴いたきりだけどいまだにピカピカしてるもの… と、そんなふうに思い起こすと、クラシックだのフォークだののジャンルは意味をなくしてしまうのだった。
トポロジーとしての数式的抽象が働くというコトではなく、自分というモノの中に残って光輝を発するものとそうでないものとがあるというコトだ。
だから、ボクの中には西郷輝彦の「星娘」があり、モンキーズの「アイワナビーフリー」があり、吉田拓郎の「結婚しようよ」があり、ストーンズの「ギミーシェルター」があり、SMBの「タイムマシンにお願い」があり、B・フェリーの「スレーブトゥラブ」があり、あがた森魚の「大寒町」がありと… ジャンルではない、両手で抱え切れない数のボクにとっての大事な曲やアルバムがせめぎあうのだ。
だから、もしも、ボクがボクのiPodを紛失して、誰かがそれを拾って、
「しめしめ、ウフフ」
と持ち帰って、入っている楽曲の数々を見たら、ミシェル・カミノの「スペイン」とか、スティングの「ブランドニューデー」とかリンゴ・スターの「ワイノット」とかと同列でもって、「チキチキバンのテーマ」とか「人形劇サンダーバード・ア・ゴー」とか、中山千夏の「あなたの心に」やら、弘田三枝子の「人形の家」やら、ザ・ジャイアンツの「スケート野郎」とか、水谷ヨシエの「フラフープソング」とか「ウルトラマンの唄」いったワケの判んない曲名に触れて…
「こいつ、分裂症か〜…」
と、気味が悪くなってしまうのではなかろうかと… 思うのだ。
ですので、拾った方はipodを自分のモノにせず、お近くの派出所にお届けアレ… なのだけど、ここで申したいのは、もはや音楽にジャンルという区分けはいらないというコトなのだ。
このコトは以前にどこかに書いたけど、また繰り返して記しておきたい。
先夜、及川恒平さんのミニミニなライブがあって、これにボクは裏方として参加したのだけれども、とてもいいライブだった。
80年代の若いボクならば、
「あ、フォークね。俺、それはもう卒業したから…」
だったかも知れないけれど、どっこい、ボクの中にはそれはそうじゃなかったんだ。
眼の前で「面影橋から」のメロディが、しかも当の本人のギターと声でもって流れ出すや、ボクの中の歳月は消え、ボクは自身の呼気でもって磨かれた水晶のように透明化し、
『いいものはやっぱりイイ!』
と、熱いシャワーでもって身体を洗うような鮮烈をおぼえたのだった。
この日の及川さんは、ふいに決まったライブだったし、ハナッから20人弱のお客を想定したもんだったから、いわゆるステージとしての感触ではなくって、いっそ、コタツにあたりつつヨモヤマ話するみたいな感じで演奏されて、それがまたすこぶる良くって、かっちりと組み上げたステージでなく、なんだか古老から示唆に富む話を聞くようなアンバイの良性な何かをボクは感じて、ちょっと痺れたのだった。
ライブが終わって、気持ちのいい余韻に包まれて、ミ〜ちゃん、フクちゃん…、と、ライブを共にしたボクが大好きな方々とお酒を愉しめたのもイイ。
その呑みの席に敬愛するO氏がひょっこり現れたのもまたメチャにイイ。それは偶然だったけど良質な何事かに浸透されつつ糖質ゼロなお酒を呑んでる時に、そういったアンバイな "ひょっこり登場" は、とっても嬉しいのだった。
ともあれ。
ボクが唯一、時代のうつろいを濃く感じたのは… リハーサル中、フッと及川さんが申されたコトだった。
及川さんは、40年をはるか越える時間の合間にそれはもう多数の楽曲を作詞し作曲しているから譜面も山のようにお持ちで、今回のように、曲順もなにも決めずに唄う場合には、自身の楽曲とはいえ、おびただしい譜面(ペーパー)の山の中から一枚取り出すにはチョット苦労する。
それを、
「iPadに変えようと思うんだ。iPadに全部入れちゃって、手で、チャチャッとめくればいいからね」
と、申されたのだ。
なんとカッコいい人かとボクは思ったね。
ここ数世記ずっと使われていたであろう、いわゆる譜面台が、iPadという新しいカタチで変るかも知れないという予感も含め、ボクはたいそう感じ入ったのだった。
というワケでながながと書いてしまったけど、結論は、
「良いソングは永遠だ」
これに尽きると思う。
ジャンルは関係ない。
※上記の及川さんは来たる10月の9日。この岡山の『おかやま国際音楽祭』での「フォーク・ハーベスト」というライブコンサートに出演します。主催はレディオmomoさん。
いかんせん、同日にはこのOJF、おかやまJAZZフェスティバル実行委員会主催でもって、市民会館で森山良子さんを迎えてのコンサートを予定しておりますでの同日開催… どちらに行くか悩ましい所となりますが… ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ時間帯にズレがありますので、出来たら皆さん、両方を愉しんでください。 (*^o^*)
10月の9日は岡山市民にとって… とても贅沢な一日となりましょうや。
ここが肝心なのだけど… 観客としてそれに参加するか否かで、コトは大きく別れるのですな。ネット上ので "情報" としてではなく、コンサートなりライブなりの身体で感じる何かがイノイチバンに肝要かと… そう思っている次第です。
まだ数ヶ月先の話だけど、ぜひ、お越しあれ。
